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400年前九谷巴の地は隠れ切支丹寺院でした。

 前田利家が金沢に招いたキリシタン大名高山右近は、徳川家康のバテレン追放令によりマニラに渡るまで26年間金沢に住んでいました。その影響で三代藩主利常までの主だった藩士のほとんどがキリシタンでした。九谷巴の場所が信仰の拠点キリシタン寺院であったと江戸時代の古地図に記されています。

 そして、キリシタンの儀式の洗礼盤として作られた古九谷の大皿が九谷焼の始まりです。400年前現在の九谷巴の地で古九谷が祈りの対象として生まれ、そして現代に蘇った古九谷のレプリカが九谷巴で売られているのは決して偶然ではありません。千利休の茶道にもキリシタンの儀式が深く関わっており、全ては禅の思想”主客一体”から始まります。千利休の弟子であった前田利家、高山右近が、禅の思想を金沢の街、伝統芸能、伝統工芸、もちろん九谷焼にも深く刻んでいきました。

 400年前 純粋な心で祈りを捧げた切支丹寺院 九谷焼発祥の地 九谷巴